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吉田知那美のコラム Vol.29
Yoshida Chinami Column
支えてくれた人の話
応援してくれている方々の中でも特に印象的に覚えている人たちがいる。
いつも、娘さんとお父さんと二人で応援してくれている親子がいた。年頃の娘さんとそのお父さんとで一緒に応援に来てくれたり、ファンミーティングに来てくれたりするのを見ると、「同じ趣味を持って一緒に楽しめることはスポーツを応援する醍醐味だな、素敵だな。」とその親子をみて思っていた。
ある時、そのお父さんが送ってくださったお手紙で、なぜ二人で応援に来てくれていたのかを知ることになった。
元々、ロコの試合が好きで応援してくれていたのは、妻だったと。家族みんなでテレビで応援するのを楽しみにしていたけれど、その妻が病気で亡くなってしまったと、その手紙には書かれていた。ロコのファンミーティングに奥様の写真と一緒に参加してくれた娘さんとお父さん。目に涙をためてステージを見てくれていた娘さんの姿を見て、父を亡くして半年しかたっておらず、心が不安定な状態だった私は「最後にもう一度、必ずオリンピックに行こう。」と、強く支えてもらった。心の大きな軸になってくれる親子だった。
北京オリンピックで心を支えてくれたファンの皆さんの中で、特に大きな支柱になってくれた方がいた。その方は、インスタグラムでダイレクトメッセージを送ってくれた。
「病室から拝見しています。今日退院予定だったのに、入院が長引いてしまって、涙がポロリ。・・・省略・・・オリンピックが始まってから、ずっと楽しみにしていたロコちゃんの試合。たとえ負けても笑顔でいてほしい、とずっと応援していました。・・・省略・・・いつも元気と笑顔をありがとう。相手を思いやる気持ちを教えてくれてありがとう。自分たちには運がない、と正面から受け止める勇気を教えてくれてありがとう。あなたの笑顔は、お薬より効きます。」
私はこのメッセージが、どんな薬よりも効きいた。私たちのカーリングは、メダルを獲得する以上に価値があるんだと。負けても、失敗しても何度も何度もみんなで立ち上がり、笑顔でカーリングに向き合い続ける姿勢を見せることこそ、オリンピックに来た意味があるんだ、と。このメッセージで心を落ち着かせることができた私は、このメッセージをチームメンバーだけのグループLINEに共有した。「次の試合もきっとこの方が病室から見てくれているから頑張ろう。」と伝えた。
ロコを退団して約半年。私の地元、北海道北見市常呂町にある喫茶しゃべりたいにお手紙を携えて来てくれた方がいた。その方のお手紙には、ロコのファンになった経緯とともに驚きの内容が書かれていた。なんと長女には「ちなみ」そして次女に「ゆうみ」と名付けたと書かれてあった。漢字はご夫婦で考え、違う漢字を贈ったけれど、応援していたロコ・ソラーレのメンバーを由来にと、名付けてくれたそう。
私はもう、ロコ・ソラーレを退団したけれど、そこで過ごした時間のすべてが何にも変えられない特別な財産で、奇跡みたいな出来事の全てを大切に、新しい環境でカーリングに向き合い続けていく。ロコ・ソラーレの吉田知那美を応援してくれていた方々、私たちのプレーを病室から祈るように応援し続けてくれた方、「ちなみ」という名前を大切な娘さんに贈ってくれたご夫婦が、この人を応援していて良かったと、そう思ってくれるように、これからも大好きなカーリングをプレーすること、伝えること、教えること、そして応援すること
に全力を注いでいきたいと思う。
応援には力がある。ありきたりな言葉だけれど、私はその力を人一倍もらい、人一倍使わせてもらったからこそ、これからも日本のカーリングを、選手を応援したい。