吉田知那美のコラム Vol.2

Yoshida Chinami Column VOL.2

J Dと喧嘩した話

 日本を出国してあっという間に1か月が経ち、ロコはチームの拠点であるカルガリーに移動してきました。わたしたちが住んでいるカルガリー空港近くの住宅街はメイプルリーフ並木が美しく色づき、絵画のような鮮やかな景色を楽しんでいます。

 10月4日にロコ・ソラーレ公式HPから発表されましたが、長年女子カーリング日本代表ナショナルコーチを務めてきたJD LINDコーチが今季をもってナショナルコーチを勇退し、ロコのチームコーチに就任。そして約10年ぶりにカナダのチームでプレーヤー復帰をすることになりました。JDが初めて日本に来たのは2013年。北海道カーリングアカデミーという北海道庁の事業で北海道の女子カーリング選手強化のためのアカデミーコーチとして来日。当時弱冠27歳でした。そのアカデミー最終年度の2016年冬、北海道カーリングアカデミーがゴールに設定していた「世界の舞台でメダル獲得」という当時ではやや大きすぎるのでは・・と言われていた夢のような目標を、ロコと一緒に日本カーリング史上初の世界選手権準優勝という結果で本当に叶えてしまいました。

 JDと私はその当時からのつきあいになるので今年で9年目。私にとってJDはいつもどんなときも隠し事をせず、素直になんでも話せる大切な存在の1人です。コーチとしての才能が素晴らしいのはもちろん、チームメイトとして、そして友達として心から尊敬しています。今日はそんなJDと喧嘩したときの話をしたいと思います。

grand slam of curling

 よく「ロコは本当に普段からそんなに仲がいいんですか?喧嘩とかしないんですか?」と聞かれます。喧嘩の定義やイメージは人それぞれかと思いますが、ロコのメンバーも人間なのでチームが悲しいムードに陥ったことは幾度もあります。その原因のほとんどが「言葉とアテトゥ(態度・向き合い方)」のすれ違い。言われて嬉しい言葉、嫌な気持ちになる言葉、されて嬉しいこと、嫌な気持ちになることは人それぞれに違います。言葉の伝わり方の違いや感じ方の違いで誰かが傷ついたり、悲しんだり、心を閉ざしそうになった時は必ず緊急ミーティングを開催します。緊急ミーティングと言ってもそのイメージは、怒られる・指摘される・ひとりが悪者になるような雰囲気ではなく「家族会議」スタイル。チーム内で起ったトラブルや誤作動をテーマに、「ロコ独自の解決方法」を考える会なので誰かひとりが悪者になって謝るというような、そんな結末にだけには絶対にしないようにします。もし同じ状況が起った際に、自分がチームのためにできることは何か。それぞれどんな言葉がけをするかを考えて対策を共有する。「物事を好転させたいときに変えるのは人ではなくいつも自分自身」。ロコはいつもそうやって一歩ずつ、チームという組織でみんな一緒に成長しようと邁進しています。

アフロスポーツ

 さて、本題に戻り、今回のコラムのタイトルにある「JDと喧嘩した話」です。あれは2018年平昌オリンピック直後のシーズン。カナダ遠征最終日のミーティングでのことでした。長期間に渡って数多くの※ボンスピルに出場し、翌日の帰国を目前に全員が心身共に疲労困憊の状態でした。しかし帰国前に合宿の総括だけはしておかなければとホテルの一室でミーティングを開きました。そこで話し合われたのは戦略プランの最終確認でした。ロコのミーティングは日本語と英語の二言語を使い行うのですが、戦略プランなど日本語で話していても難しい話を英語に訳しJDに伝えるのは集中力と根気がいります。JDはそれを理解するのに集中力と根気がいります。JDと私の喧嘩はその集中力と根気の両方ともが完全になくなった瞬間、本当に些細なことで起こりました。ミーティングの終盤、私が訳した英語がうまく伝わらず、JDが「だからそれは前に話たよね?同じ話だよね?」と聞き返したその言葉に、私が「そうじゃなくて・・・もういい!」と、子供のように匙を投げてしまったのです(笑)。普段であれば一緒に英英辞書を使い適切なニュアンスを調べたり、テキストで補足説明をしあったりするのですが、その時はそんな思いやりのエネルギーが心身の疲労から底をついていました。JDも「わかった。もうミーティングは終わりにしよう。」とミーティングは強制終了。カナダ遠征最終日に最悪のムードになってしました。私がこんな些細なことで不貞腐れてしまった理由は思いやり不足の他に実はもう一つありました。それはミーティング前日に読んだカナダのカーリングニュースの内容にありました。その記事はロコとJDのオリンピックでの快挙を伝えるとてもポジティブなものでした。しかし私はその記事に書かれていたたった一つの言葉に心の引っ掛かりを感じたのです。それが、「このチームはランゲージバリアがある。」という一言です。ランゲージバリアとは日本語で「言語の壁」。この一言が当時の私はとても悔しかったのです。「頑張ってるのに、やっぱりまだまだ壁があるのか・・・」そんなふうに捉えてしました。そしてその翌日のミーティングでうまく伝えられなかった戦略プラン。「ランゲージバリア」を痛感し心が折れ、不貞腐れ、JDとの喧嘩に繋がってしまったのでした。 

WCF

 ミーティング後、部屋に戻ってから冷静になり子供のような態度をとってしまった事、JDを傷つけた事に後悔し、謝りに行きたいと思いました。でも、ごめんねと言いにJDの部屋に行く勇気が出ません。自分の部屋のドアの前をうじうじと行ったり来たりしていると、さっちゃんからメッセージが届きました。

さっちゃん 「ちなお疲れ!私ビール飲みたく買ったんだけどたくさん買いすぎて飲みきれないから一緒に飲まない?」

知那美「ありがとう!一緒に飲みたい!」

さっちゃん「ありがとう!JDの部屋にいるから待ってるね!」

 さっちゃんは私とJDの状況を先回りし帰国前にもう一度話せるようにビールというアイテムを使って会うチャンスを作ってくれたのです。カーリングには試合後に、勝ったチームが負けたチームにビールを奢り敵味方関係なく一緒に楽しく飲むという文化があります。さっちゃんはそのカーリング文化を使い、私とJDに仲直りする機会を与えてくれました。JDの部屋に行くとすぐに「さっきはひどい態度をとってごめんね。さつきからチームが何を話していたのかもう一度聞いたよ。分かってあげられなくごめんね。」とJD。「私の方こそひどい態度をとってごめんなさい。」と私。「乾杯!」とさっちゃん。そのあと三人でさっちゃんが買ってくれたビールを飲み干すまでカーリングの話をしました。

 私たちにはランゲージバリアがあります。でも今は、正しい文法で正しく話すことがバリアを解く方法ではなく、お互いの気持ちを伝え合えるのであれば言葉の正しさなんてどうでもいいと思っています。気持ちを伝える方法はたくさんあります。日本語、英語、ボディーランゲージ、表情。ロコはこれからも、「そだね〜!」とお互いを尊重し合い、「ナイス〜!」と褒め称え合い、日本語とも英語ともつかないロコ独自の言語を創造し、ごめんねの言葉の代わりにビールで乾杯する。そんな世界で一番ランゲージバリアを楽しむチームでいたいと思っています。

この場をお借りして。さっちゃん、あの時ありがとう!!そしてご馳走さま!!

※ボンスピル:カーリングの試合、賞金大会

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