夫と夫の友達の話

 8月中旬、オレンジと水色で彩られた華やかで可愛いらしい写真と共に、元AKB48の峯岸みなみさんと愛知県岡崎市に拠点を置き活動するYouTuberグループ、東海オンエアのリーダーてつやさんが結婚を発表しました。峯岸みなみさんは東京に、てつやさんは岡崎市に住みお互いに行き来する別居婚生活とのことで、同じような新婚生活を送っている私と夫は勝手に親近感を感じ、お二人の末永い幸せをお祈りしています。峯岸さんが結婚発表後初めて公の場でお仕事をされた際、「結婚してから彼に会ったのは2回くらい」というコメントがネットニュースで話題になっていました。この原稿を書いているのが10月中旬なのですが、私と夫が7月に結婚してから一緒に過ごした日数を数えてみたところ、14日間でした。ほぼ毎日電話やビデオ通話をしているのでもっと会っている感覚でいたのですが、このまま行けばあと5年間ほどは新婚さんの気持ちを味わい続けられそうです。

 私の夫は元アルペンスキーヤーで現在は全日本スキー連盟のアルペンスキーコーチをしています。シーズンはカーリングとほぼ一緒で夏の終わりから雪が溶ける春頃まで。日本各地、ヨーロッパ各国の雪山を転々としており、雪の照り返しで肌はいつも綺麗に日焼けをしています。そんな彼の前職は、オーストリアアルペンスキーチームのコーチ。2018年から約3年間単身オーストリアに渡り、語学を学び(ドイツ語)コーチの研修を経て、アルペンスキーコーチとしてのキャリアをスタートさせました。なぜオーストリアなのかというと、「アルペンスキー王国」と呼ばれる異名の通り世界トップチームだからです。このコラムを読んでくださっている皆さんはどちらかというとカーリングの方が詳しい方が多いと思うので、カーリングに例えますと正しく「カーリング大国カナダ」のような感じだと思います。今日はそんな夫と「夫の友達」の、嘘みたいだけど本当にあった信じられない話をしたいと思います。

 私がその「夫の友達」を知ったのはちょうど1年前のことです。インスタグラムでオーストリアのアルペンスキー選手らしき男性が私のアカウントをフォローしてくれました。当時私が知っているアルペンスキー選手は皆川賢太郎さん(2014年引退)湯浅直樹さん(2022年引退)佐々木明選手(2022年電撃現役復帰)の日本アルペンスキーのレジェンドお三方しかいなかったので、「一体誰だろう?」と思い夫に尋ねてみました。するとこんな返信が返ってきました。

 話を聞くと、夫の“仲良しのやつ”はオーストリアチームにいた時のワールドカップ選手で、数日前に夫のチームの練習に参加したとのことでした。しかし私はその話を聞いて一つ疑問が湧きました。その時夫は高校生を中心としたジュニア日本代表チームのコーチをしていました。ワールドカップに出場するようなレベルではない、むしろまだ国際大会に出場した経験もないジュニア選手の担当だったはずです。なぜアルペンスキー王国のトップ選手がわざわざ自分で連絡してまで日本のジュニアチームの練習に参加したんだろう?と思い聞いてみたところ夫から返ってきた答えは少しショッキングなものでした。「先シーズンから、成績の不振を理由に代表を外されて練習環境がなくなって、俺のところに子供たちと一緒でいいから練習させてくれるか電話がきたんだ」とのことでした。それは言葉を選ばなければ事実上の戦力外通告。私も夫と出会うまで知らなかったのですが、アルペンスキーは1人で練習するということができません。各国のワールドカップチームは常に最適な雪上環境で練習する必要があります。その最適な環境を作るためにコースに大きな重たいホースを使い数人がかりで夜通し水を撒き、雪を固め、ポールを立てる。タイムを計測しビデオで動作解析するのでそれらをサポートするスタッフが必要不可欠。「夫の友達」はワールドカップ選手であるという事実やプライドなど関係なく、ただ練習ができる環境を求めて、元オーストリアチームのコーチで友達でもある夫に連絡してきたのでした。その話を聞いて私は私の過去と「夫の友達」が置かれている今の状況がどこか重なるように感じ、その日から彼のにわかファンになりました。

 それからその「夫の友達」をみたのは私が彼のにわかファンになってから約2ヶ月後の1月。私はオリンピックを1ヶ月後に控えカルガリーのホテルで隔離生活を送っていました。その時放送されていたアルペンスキーワールドカップ(アーデルボーデン/スイス)にその「夫の友達」は出場権をかけた直前のタイムレースを勝ち抜き出場していました。オリンピックの最終選考レースでもあるこの大会でオーストリア代表を外れている「夫の友達」がオリンピック出場の可能性を残す方法、それは絶対に好成績をおさめること。つまり今日この日がラストチャンスでした。シーズンの始めに練習環境を失った状態からオリンピック直前のレースまで諦めずに頑張り続けた彼を知りにわかファンの私は感動していました。しかしそこはにわかファン。次の日も早朝から練習なので彼の滑走を待たずに寝ました。翌朝目を覚ますと、夫から1枚の写真とメッセージが届いていました。 

 夫「ちなのインスタをフォローした俺の友達が優勝した!!!!大興奮!!!」

 メッセージを見て、「そんなことあるの!!??」とにわかファンの私も大興奮。すぐに録画配信で彼のレースを観ました。にわかには信じがたい話ですが、本当に「夫の友達」は世界ランク上位選手たちを振り切り優勝し、そして見事オリンピックの出場権を獲得していました。そのレースは日本のJ sportsで放送されていたのですが、実はその解説をしていたのが夫でした。彼の優勝が決まったあとのヒーローインタビューで夫があることに気づきこう話しました。

「今、彼が着ているオーストリアチームのウエアは、今年のものではなく一昨年のものです。」

チームを外れて今シーズンの代表ウエアも持っていなかった彼が、練習環境がなく日本の高校生と練習した彼が、どん底から這い上がりラストチャンスだったワールドカップで優勝者し北京オリンピックに出場する。にわかファンの私はホテルの部屋で彼のこれまでの苦労を勝手に想像しひとり感動に浸りました。(にわかファンなので競技やレースの良し悪しのことは全くもってわかりません。)「努力は必ず報われる」という言葉がありますが、私はその言葉は半分正解で半分不正解だと思っています。結果として報われなかった努力は幾つもあります。でも、努力が報われ、夢叶えている人たちの共通点はただ一つ、努力をやめなかった人たちということ。私は彼の「努力を継続する恐怖」に打ち勝ったその姿勢に、オリンピックを間近に控えたその日、とてつもない勇気をもらいました。

 2022年2月北京オリンピックが開幕。皆さんの記憶にもまだ新しいかと思いますが、本当にいろんなことがあったオリンピックでした。良い時もあり、辛い時もありましたがロコはどんな状況でも最後までこのオリンピックを「楽しむ覚悟」だけは捨てませんでした。そして私たちも最後まで夢を叶える努力をやめませんでした。スケジュールの関係でロコは開会式は欠席しましたが決勝戦後の閉会式には参加しました。オリンピックの閉会式は開会式とは違い、国ごとに整列してまとまるのではなく、オリンピズムを象徴するように全世界の境界を無くし広い会場を自由に歩き、踊り、楽しく閉幕を祝います。ロコも、長かった4年間の挑戦の一区切りをみんなで楽しんでいました。その時、誰かが私の肩を叩きました。振り返ると赤いウエアをまとったダンディーなおじさんが満面の笑顔でこう聞いてきました。

「君がコーノの彼女だね?僕はコーノの元同僚のパウル。やっと見つけた!探したよ!」

なんとそのダンディーなおじさんは夫が一緒に働いていたオーストリアチームのコーチでした。私はパウルやオーストリアチームの話をよく夫から聞いていましたし、いつか私も彼らに会いたいとずっと思っていました。でもまさかこんなところで会うなんて!と驚きと嬉しさの勢いそのままに大きなハグを交わしました。パウルはそのまま私を抱き抱えて閉会式の会場を走り出しました。「着いたよ!」と降ろされたその場所で待っていたのは、私がずっと会いたかったオーストリアアルペンスキーチームの皆さんでした。パウルは「コーノの彼女見つけたよ!」とみんなに紹介してくれました。すると夫の元同僚たちは「君たちの準決勝、チームみんなで応援してたんだよ!おめでとう!」と口々にお祝いしてくれました。カーリングの準決勝が行われたその日、実はアルペンスキー競技は悪天候のため中止になっており1日オフができたチームはみんなでロコの応援をしてくれていたのです。私は彼らの優しさと、夫がこんなにもみんなに愛されながら働いていたことを知り、嬉しさと愛おしさで心がいっぱいになり笑いながら泣いていました。そしてオリンピックの閉会式で会えた証に満面の泣き笑い顔で写真を撮り、また会う約束をしてお別れしました。閉会式を終え選手村に帰ってきてからも何度も何度も写真を見返して幸せの余韻に浸っていました。そして写真を見ながらあることに気付きました。

「あれ?夫の友達が写ってない!」

オリンピック期間中、インスタグラムを使い私と「夫の友達」はエールのリアクション絵文字を送り合っていました。なので近くにいたのならば絶対に一緒に写真に写ったはず・・と思い、夫に電話して聞いてみました。するとこんな答えが返ってきました。

「閉会式でオーストリアの旗手に選ばれたからチームと一緒に居れなかったんだって!」

各国選定基準は違いますが、「オリンピック閉会式の旗手」、その名誉ある大役の多くはそのオリンピックで最も優秀な成績をおさめたと認められた選手なのです。そのオーストリアで最も優秀な成績をおさめた人が正しく

「夫の友達」だったのです。

 遅くなってしまいましたが、「夫の友達」を私が勝手に紹介します。彼の名前はJohannes Strolz (ヨハンネス シュトロルツ)。2022年北京オリンピックアルペンスキー競技で2つの金メダルと1つの銀メダルを獲得した、誰もが認めるこの年のアルペンスキー界の英雄。戦力外からオリンピックメダリスト、そして旗手になった、正真正銘不屈の英雄であり私の人生のヒーローの1人です。

 私はこの年、夫と「夫の友達」のシュトロルツ選手からたくさんのことを学ばせてもらいました。どんな状況でも大切なのはプライドではなくゴールへのプロセスということ。同じ志を持つ仲間と一緒に働くことで人生が豊かになること。そして、他者に無理だと評価されても、夢を簡単に諦める必要はないということ。

 私には今、夢があります。いつかオーストリアに行き、「夫の友達」シュトロルツ選手に会って一緒に写真を撮ってもらうことです。この夢、叶えるまで簡単には諦めません!!BY「夫の友達」の にわかファン

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