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吉田知那美のコラム Vol.14
Yoshida Chinami Column VOL.14
ちちへ
ちちへ
ちちに聞きたかったけど、ずっと聞けなかったことがあります。
私がお休みで実家に帰った時には、よく二人で一緒に晩酌しながらレコードを聞いたり、近況報告をしたりするけれど、ちちはお酒が進んでくると決まっていつも「知那美は俺に似てるからな。」って言うよね。
でも、具体的にどこが似てると思うの?
顔は確かに似てると思う。特に鼻の形はちちにそっくり。
でも最近は笑った時の目元なんかはお母さんにそっくりになってきたなと自分では思うんだ。よく通る声や話し方なんかも、どちらかというとお母さんに似てると思う。
食の好き嫌いがないところは似ているかもしれない。
でも、私はちちよりももっと好き嫌いなく何でも美味しく食べるよ。茶碗蒸しに入ってる栗も、甘く炊かれたカボチャも私は大好きだよ。
ちちは不器用な男の象徴のような人であまりフレンドリーなタイプではないけれど、どんな人に対しても偏見を持たずこころ配りをする本当の優しさがある人だと思う。
一方、私はいつもニコニコしてるけど、実はあまり心を開かず警戒心を持っていることが多い。ただ、親友の友達はだいたい友達だと思っている言葉通りのフレンドリーでもある。なので社交性の質は似ていないと思う。
ちちはいつも家族を守ろうとしてるけど、私はいつも守ってもらうばかりで甘えている。
平昌五輪以降、不審者に後を付けられたり、知らない人から電話がかかってきたり、実家を覗かれたり、ちちだって怖かったはずだしストレスを感じていたと思う。それなのに一人で立ち向かって娘たちを守ってくれてありがとう。私は今も立ち向かうのではなく直ちに警察に相談すると決めているので、心の持ちようがちちとは似ていないよ。
ちちはいつも 「俺はなんもしてない。」「俺は全然忙しくないよ。」「俺は何も頑張ってない、奥さんが頑張ってる。」が口癖の謙虚な人だけど、私は違う。
私は、料理が美味しく出来れば 「美味しくできたから食べて!」と美味しいを強要し、テストで良いスコアを取れたら 「見て見て!すごいでしょ!」と褒めてもらおうとし、仕事が忙しく休みが無くなると「忙しすぎてもうだめ〜ねこになりたい」と、両親に甘えなぐさめてもらおうとするから、謙虚さに関してもまったく似ていない。
ちちは噂話や憶測話で盛り上がったりしない。そんな話を否定も肯定もせずにただ黙っている。そしていつも、本当にあった面白い話や思い出話で笑わせてくれる。
私も噂話や事実と憶測の区別がされずに勝手に作り上げられているような話を聞くのが嫌い。でも、ちちと似ていないのは、私は嫌だと思うと黙って座っていられずに席を外してしまう。ちちのような忍耐力が私にはない。
ちちはおもてなしが得意で、よく人にご馳走したりするよね。
でも私は「しゅうちゃん(父)にはよくお世話になってるから」と、漁師仲間の皆さんに寿司屋のカウンターでお酒をご馳走になっている。全然似ていないどころかこれは一度ちちに叱られたね。以後気をつけます。
ちちは嘘をつかない。いつも正直で嘘がなく率直な人だから、愛想のよい返答なんかは苦手だよなと思う。
でも、私はちちと違って嘘をつく。
ちちと最後に話ができた日、「ちちの体調は今日が一番悪い日で、明日の手術以降にどんどん回復してくるんだから、仕事や家の心配は治療が始まってからで大丈夫だよ。ちちは絶対に良くなるから大丈夫!」と言ったけど、ちちは大丈夫な病気ではなかった。
私はちちとの最後の会話で大嘘をついた。
だから、やっぱり私はちちに似ていないと思うんだ。
他にも、遠征に出発する日には私と夕梨花の重い荷物をすべて車に乗せておいてくれて、遠征から帰ってくる日には私たちの好きな食べ物で冷蔵庫をぱんぱんにしておいてくれる。
車は私たちの帰国に合わせて洗車し、ガソリンを満タンにしておいてくれる。
誕生日にはいつもお洒落な洋服をプレゼントしてくれて、私の親友の誕生日なんかも忘れずにお祝いしてくれる。
優勝して帰った日には花束を2つ買って待っていてくれる。
ちちのその性格、その行動のどれをとっても、具体的にどんなところが 「俺に似てる」 と思っていたのかが私には分からないのです。
教えて欲しいけど、どんなに願っても、ちちに直接聞くことはもうできない。
11月27日、お母さんが淹れるコーヒーの香りに包まれながら、ちちは穏やかに眠るように旅立ちました。
次は会えないもしれない、そういつも覚悟はしていたつもりだったけれど、どこで何をしていてもちちのことを考えると、頭がじんじんと熱くなり、鼻の奥がツンとし、喉が詰まり、涙が溢れて止まらなくなります。
唯一、ちちの本当の病状について伝えていたゆうみとさっちゃん。
練習とトレーニングの時間を面会に合わせてすべて変更してくれて、ちちとの時間を最優先にしてくれてありがとう。大切なシーズンなのに、たくさんの練習を予定していたにもかかわらず、いつも「ロコはいつも家族最優先だよ」と、サポートしてくれてありがとう。オフシーズンの仕事もほとんどを代わってくれてありがとう。
時間が許す限りちちの面会に通わせてくれてありがとう。
多くを聞かず、ただただ時間をくれてありがとう。
ちちが入院していた旭川へは家族でスケジュールを組み、一度に2人〜3人原則15分という短い面会に通う日々でした。私は8月からは大会が始まってしまうことがわかっていたので、一生の後悔が残らないよう、できる限り毎日面会に行かせてもらいました。
ちちとの短い面会時間の終わりには、何度も何度も何度も何度も
「ちち、またね!」『またな。』
「ちち、またねー!」『またな!』
「また明日ね!!」『はいはい、またな。』
と、「またね」と「またな」を繰り返し、そのたびに、看護師さんが「名残惜しいねぇ(笑)」と笑っていました。私は「笑いごとじゃない!」と目に涙を溜めていたけど、確かに、いつまで続くんだろうこのやりとりと思ってしまうのも今ならわかります。
私は人生で最大の嘘をちちについたけど、ちちは嘘をつかない。
だから、ちちの「またな」は信じてる。
「死は、親から子への最後の教え」というけれど、今日一日が終わる時、「明日が来なくても後悔はないくらい、今日は良い一日だった。」と、そう思えるような日を重ねていくよ。
一体、どこが「俺に似ている」のか、ちちから直接聞くことはできないけれど、そのヒントは私自身の中にちゃんとあります。
私の半分はちちそのものです。そして私のもう半分はちちが大好きな母でできています。
どこが似ているのか分からないなら、これからの人生でちちに似ていけばいい。
簡単なことではないけれど、私はこれから自信を持って「ちちに似ています」と言えるように生きていきたいと思っています。
そしてちちが大好きな母のように、いつも明るい笑顔で過ごしたいです。
ちち、またね!
追伸
一つだけ完全に似ているところがありました。私はちちに似て、呑兵衛です。