吉田知那美のコラム Vol.7

Yoshida Chinami Column VOL.7

猫と音楽のマジックな話

ドイツ系フランス人でノーベル平和賞を受賞した医師であり、バッハ研究でも有名な音楽学者、そして哲学者と、多くの顔を持つヒューマニスト、アルベルト・シュヴァイツァー。彼が残した言葉に「人生の惨めさから逃れる方法は二つある。それは猫と音楽である。」という一節がある。この言葉に甚だ賛意を表す私は、「猫のように生きたい」と願う愛猫家であります。実家には4匹の猫が暮らしています。にゃんにゃん、まる、めざしちゃん、道端ちゃんの4匹の家族は間違いなく私の人生を豊かにし、無償の愛を感じる存在であり、長期遠征で家を離れ写真や動画だけでの存在になったとしても日々癒しを与えてくれます。どんなに負けて失望しても、失敗して情けなくても、上手くいかないことが続き劣等感を感じても、猫たちの自由で自信に満ち溢れた群れも孤立もしない気ままな日常を見ると勝手に背中を押してもらったような気になります。「吾輩も猫みたいなもんである」そう思うと大体のことを「ま、いっか」と思えたりします。

音楽もきっとたくさんの人の人生に欠かせない処方箋のような存在の一つだと思います。
私は18歳から今日までの14年間、毎秋カナダを訪れワールドカーリングツアーを戦う日々を過ごしています。この生活はとても楽しく、多くの経験と刺激的な成長を感じる充実した日々ですが、同時に異国異文化下で戦い続ける非日常な日常は自分の弱さや情けなさをこれでもかというくらい炙り出します。どれだけ心の準備をしていても気を抜くと「自分なんか」「惨めで情けない」と感じてしまう時も多々あります。そんな時、自分自身を助けてあげる処方箋として音楽の力を借りることがあります。

2013年の秋のカナダ合宿を思い出すと頭に流れてくるのは美空ひばりさん。当時のチームコーチ、フジミキさんが美空ひばりさんのアルバムを車で流していたので毎日耳にしていました。そんな合宿中特に、プレーする機会をもらったのに力を発揮できなかった時には、チャンスをものにできなかったことが悔しくて惨めで辛くなることよくありました。そんな気持ちになった時には決まって愛燦燦(あいさんさん)を聞いていました。「わずかばかりの運の悪さを恨んだりして」「思いどおりにならない夢を失くしたりして」「それでも未来達は人待ち顔して微笑む」「人生って不思議なものですね」という歌詞達に「雨降る時も、風吹く時も、悲しい経験も逆境も、どんな過去も私の人生。」と優しく言葉を紡ぐように歌うひばりさんの歌に、当時20歳ほどの私は心の逃げ道を作っていました。

2014年は私がロコ・ソラーレに加入し、はじめての長期カナダ遠征でした。当時のメンバーである麻里ちゃん、夕湖、夕梨花、馬渕さんと私の選手5人だけの遠征に不安や心配ごとも多く「どうなるんだろう、これから」という漠然とした不安のようなものを常に感じていました。その年はカナダのブリティッシュコロンビア州のワールドカーリングツアーに参加しました。カナダサイズの大きな車を借り、広大なカナダの地の景色を楽しむ余裕などないままに不安げに運転しリンクへ行き、試合をする日々でした。そんなある日、バンクーバーの小さなカーリングクラブでの大会で地元のチームと対戦した際に、対戦相手の一人の選手が私たちにこう尋ねてきました。
「Are you guys from Japan,right?」(あなたたち、日本から来たんだよね?)
「Yes」(そうだよ!)
「Do you know MONKEY MAJIK?」(モンキーマジックって知ってる?)
「 Of course! They‘re one of the famous artist in Japan. 空はまるで〜♪this song is the very popular!
(もちろん!日本ではすごく有名なグループだよ!空はまるで〜って曲が一番有名かな!ドヤ!)
「oh is it? Blaise and Maynard are my cousin!」(そうなんだ!マイナードとブレイズは私のいとこなの〜!)
「……エエエエエ!!!!」(エエエエエ!!!!)
私たちのシートだけ大興奮。隣のシートで試合していた地元のおじさんたちが「どうした!誰かプロポーズされたんか?!」と聞いてくるほど大興奮。
収まらぬ興奮そのままにMONKEY MAJIKの二人のいとこのお姉さんと一緒に記念撮影をしたのでした。

その日の帰り道から、車内ではMONKEY MAJIKの言わずと知れた名曲「空はまるで」を流し続けました。前しか見る余裕がなく、試合をすることでいっぱいいっぱいだった日々から「空はまるで」の音楽の力で少しだけ心の余裕ができ空を見上げると、とんでもなく大きな空が広がっていることに気づきました。高い建物が立っていないため常に空のどこかで飛行機雲を見れるほど空が広かったのです。 この先どうなるんだろうという漠然とした不安も「確かなことなど何も、誰にも分からないから。」「空はまるで君のように青く澄んでどこまでも。やがて僕ら描き出した明日へと走り出す。」という彼らの前向きで朗らかな歌詞でほんの少し心が軽くなったりしました。

それから私は秋のカナダ合宿が始まるとよく「空はまるで」を聞いています。彼らがカナダ出身ということも相まってか、カナダの情景にこの曲はピッタリ。恋愛ソングですが私にとっては応援歌。

今日も惨めさや不甲斐さなさ、情けなさを時に猫と音楽の力を借りまるごと受け止め「それもこれも愛しき私の人生」と、美しいカナダの秋空の下、猫のように力の抜けた姿勢で、空はまるでを聞きながらこのコラムを書いているのでした。

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