10年前の恋の話

私は過去に一度、とても年上の方に恋心を抱いたことがあります。その方は未婚だったので恋しても特段問題はなかったのですが、きっと少なくとも20歳は年上の方。その恋心を伝えることも、どうすることもなく、雪が溶けるのと同じように自然と消えていった一瞬の恋心でした。その一瞬の一方的な恋は今から10年も前の話なので、私の中でたったいま時効が成立し、しかしまだ若干ためらいながらこうして筆をとっています。
私は今でも、その人にいつどの瞬間に恋をしたかを鮮明に覚えています。
というより、その瞬間の日付が残っています。

2014年4月16日(消印) 吉田知那美様
前略
先日はお葉書をいただき、ありがとうございました。ぜひご返事をと思い、お騒がせしてしまいした。
こんな一文から始まるお手紙を目にした日に、21歳の私は恋をしました。
というより、目にしたその文字に恋をしたという方が正解かもしれません。
2014年2月に開催されたソチ五輪終了後に、チームを離れるにあたってお世話になった方々へいち社会人としてのご挨拶のお葉書をお送りしました。春の人事の頃にはよくあるご挨拶の葉書の一枚に、唯一、お返事をくれたのがその人でした。
その人は文字を書く仕事をされていたので、私はその人が寄稿した記事を見つけるとよく読んでいました。いつも言葉が優しく聡明で、どの記事を読んでもいつも堅実でわかりやすく、最後にはいつも取材対象者の背中を押すような言葉が添えられている印象でした。まだおしりも青い後ろ帯の21歳にはこの世のほとんどの人間が自分より大人だったはずですが、いつもその人の記事を読むと「大人だなぁ」と尊敬の気持ちを抱いていました。
そしてその尊敬する素敵な「大人」が、私の退社ご挨拶の葉書に対して返送してくれた直筆の手紙の文字が、とてもとても「ひじき」のようだったのです。前略から始まるそのお手紙には誤字脱字は一切なく、文章の構成もお手本のよう。でも、そこに書かれた文字はとても「ひじき」のように細く、うねうねとしていて頼りなく、そしてどこか可愛らしいものだったのです。
そのひょろっとしているひじき文字は一瞬でその人の優しい顔を思い浮かばせてくれました。
私は文頭にその人への気持ちを「恋心」と記しましたが、現代の言葉でいうところの「きゅんです」に近い気持ちだったんだと思います。
10年たった今でも、「ただ、そんな風に思っています。」という一文で終わるその手紙を大切にとってあります。今読んでも、あの時の気持ちのまま、きゅんです。

私は手紙を書くのももらうのも好きです。
直筆はその手紙を書いている時の心情なども筆圧や字質に現れるので、よりその人の空気感や感情、表情や体温までもが伝わってくるような気がするからです。

2024年の日本選手権開催初日にロコソラーレは交換日記を始めました。
きっかけは日本ノートさんが私宛にたくさん送ってくれたCDノートと呼ばれるロングセラーノート。「このノートでよく交換日記とかやったよね」というチームでの雑談からでした。
そうして始まった約20年ぶりの交換日記は、もちろんJDもメンバーの一人です。英語ではpersonal journal というのが一番しっくりくるそうで、女の子たちのスクールカルチャーに37歳で初参戦。亮二さんやトレーナーのせいやくんも生まれて初めての交換日記です。
選手5人は手紙やメッセージカードなどをよく送り合っているのでわかるのですが、JDや亮二さん、せいやくんの直筆をちゃんと見るのは初めてのことです。
そして、テキストのような短い文章ではなく、日記のような長い文章を見るのも初めてだったので、どんな交換日記が回ってくるのか毎日楽しみで仕方がありませんでした。
そして実際に回ってきた交換日記はきゅんきゅんとドキドキと爆笑と、そして感動の涙でいっぱいのとんでもない正真正銘のパーソナルジャーナルだったのでした。
その具体的な内容はロコだけの秘密なので(交換日記デフォルトルール)ここに記すことはできませんが、JDは交換日記で私たちに心からの喜びを与えてくれました。せいやくんは普段は聞いたことのない本音と涙必須の感動の言葉を、そして亮二さんは早めの遺言を残してくれていました。


みんなそれぞれ好きなように、好きなことを書いた交換日記でしたが、テキストの100億倍、心が通い合うコミュニケーションツールであることに気づかされました。
そしてロコソラーレに加入して10年目にしてまたチームに恋したような気持ちになりました。(正に、きゅんです。)
日本選手権期間限定でスタートした交換日記でしたが、そのあまりのワクワクとハートウォーミングな気持ちに今後も継続しようとなり、今もチームの誰かがそのノートを持っています。(あんなに止めるなって言ったのに誰だ止めてるの!怒)
手紙は時に、電話やテキストでは勇気が出ないことも伝えられるツールだったりします。
そして電話では残らない「その時の気持ち」が何十年、何百年の時をも平気で超えて残っていたりします。

 

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