吉田知那美のコラム Vol.24

Yoshida Chinami Column

好き勝手に語るオリンピックの話

私は意外にも(?)、カーリング人生で一度もスターになりたいとか思ったことがない。なんなら大物になりたいと考えたことも、大儲けしたいと思ったこともない。
こんなことを説明もなくつらつらと書くと、文面上はなんだかとても高潔聖人な求道者のように聞こえてしまうが、全くもってそんなことはなく。そもそも小さな頃から当たり前のようにやっているカーリングという競技で、そんな華やかなテレビで見るようなプロスポーツ的な未来は想像できなかったことも一つの理由だし、もっとも、それ以外に憧れる姿があるからそう思ったことが無いだけで、謙虚なわけではありません。


じゃあ、どうなりたいのか?



2月6日ミラノ・コルティナオリンピックが開幕しました。
ちょうど同じ頃、北海道稚内市で開催された北海道カーリング選手権大会兼アルバータ杯カーリング大会にロコ・ステラのコーチとしてさっちゃんが帯同、ゆりも夫である新濱立也選手の応援のため母を連れて現地ミラノに駆けつけることが決まっていました。私も夫がコーチを務める男子アルペンスキーの応援に行きたいなと考えていましたが、誰かと一緒に思い出を共有できる旅行ならまだしも一人で行くには高額すぎるオリンピック価格の旅費にひるみ、大人しく日本で応援することにしていました。
そしてマネージャーさんから「解説の依頼が来てるのですがちなみさんの予定どうですか?」との連絡をいただき、今回のオリンピックは「戦う」のではなく「伝える」という初めての場所でのオリンピックを経験することとなりました。


解説で伺ったどのスタジオでも聞かれたことがありました。
それは「解説をする悔しさはありませんか?」という質問でした。
とても素朴で率直な疑問に、一番初めに聞かれた時は私自身も「あ、たしかに」と思いました。
正直に話すと、2025年9月オリンピック日本代表決定戦に負けてオリンピックの道が絶たれた直後は「私、今回のオリンピックはテレビで観れないかもしれないな」と思ったのを覚えています。出られないオリンピックに対して、今まで心に灯っていた「楽しみ」という純粋な気持ちがぽっと消えてしまったような感覚があったからです。
でも、それもほんの数時間後にはすっかり心変わり。
「オリンピックに出場することになるチームを応援しない」ということで、私たちに出場権が回ってくる訳でもない、悔しさをそこにぶつけたところで日本代表決定戦をやり直せる訳でもない。だから「私たちは私たちに残された方法で目標の世界一を目指そう。」それが私たちが2025年9月13日、オリンピックの道が絶たれた日に出した答えでした。


ということで結局今回、カーリングの応援はもちろんのこと、たくさんの競技をテレビで観戦しました。出場している時は自分とチームを励ますことでいっぱいいっぱいで、正直、自分たちの競技がはじまると他の競技を観る事はほとんどありませんでした。
出場している時に流した涙は自分自身へのことばかりでしたが、出場しない今回は誰かの努力と苦労を想像して好き勝手に泣いていました。誰かの夢が叶ったり、叶わなかったりでも勝手に泣きました。銅メダルを首にかけて悔しくて泣くテレビの向こう側の選手に「すごく立派な銅メダルだよ!」と勝手に泣き、銀メダルを首にかけて「応援してくれた人に申し訳ない」と目に涙を溜めている選手に「もっと喜んでいいんだよ!」と勝手に励まして泣いていました。本当に好き勝手応援させていただきました。


3度出場しても一度も自分自身にはそんな言葉をかけることができなかったのに、観てるだけだと簡単に言えるし出来てしまうオリンピック。少しの想像力でわかることも好き勝手なことを言ってしまうのもオリンピックなんだと身をもって学びました。


今回のオリンピックで大好きになった選手がいました。それはアメリカ合衆国のフィギュアスケーターのアリサ・リュウ選手。中国にルーツを持つ彼女は5人兄妹の長女。2022年に一度引退し2024年3月に競技復帰、2025年に世界選手権で優勝、2026年ミラノ・コルティナオリンピックで金メダル獲得。まさに物語のような人生。そんな彼女のインタビューはどれも彼女の言葉で、そして素直に語られていて短編小説を読んでいるような充実感と多幸感があります。
とても感銘を受けたインタビューがあります。それはライバルについて語ったインタビューです。
「他の選手をライバルだと思ったことはない。みんなそれぞれ独立したアーティストだと思っているから。歌手に点数をつけないのと同じように、私たちはそれぞれ好きな世界を表現しているだけだから戦っているわけではないの。」


ドレスのようなゴールドの美しい衣装、可愛らしく唯一無二のヘアースタイル、ニコッと笑うと見える口元のスマイリーピアス、そして大きな笑顔で放った「メダルなんていらない。私はただプログラムを通して私の物語を伝えにきただけだから!」という真っ直ぐでしなやかな言葉。
「誰かと戦うこと」を手放し「自分の人生を表現すること」をアイデンティティとした彼女は、世界中が見守るなかオリンピックの氷上でダイナミックに表現し、彼女にとってはおまけなのかもしれないけれど、ゴールドの衣装を完成させるために用意されていたネックレスのような金色のメダルを獲得しました。それはまるで一本の映画を見たような気持ちでした。


アリサ・リュウ選手について白熱してしまい忘れていましたが、コラムの冒頭に書いた「じゃあ、どうなりたいのか?」の話ですが、私は今、アリサ・リュウ選手になりたいです。でも自分以外の人になれないことは分かっています。分かってはいても悔しいくらいに魅了されたオリンピックでした。好き勝手なこと言ってすみません。オリンピックということで、見逃してください。

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