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吉田知那美のコラム Vol.23
Yoshida Chinami Column
酒と泪と男と女の話。
私のコラムではすっかりおなじみとなりました、最多登場人物「ちち」こと、私の父は2025年11月27日で一周忌を迎えました。
一周忌に際し、事前に用意していた椅子が足りなくなるくらい多くの皆様に集まっていただき、とても嬉しかったです。遺影のちちもいつもより笑っているように見えました。
法要が始まる前、住職が「一周忌」についてのお話をしてくださいました。
『一周忌法要は半分は故人のため、そしてもう半分は遺された人のためです。ここに集まった皆さんは吉田さんが生前にご縁を築き、大切にした人たちです。特に漁師の皆さんとは助け合いながら仕事をし、そのおかげで吉田家の皆さんは今日この日まで生活することができました。吉田さんが大切にした皆さんへの感謝と、故人となった吉田さんへの感謝の日となりますよう、法要を始めていきます。』
この一年という時間は私にとっては、ちちの死をゆっくり受け止める時間でした。でも母は、父が倒れてから、親方を失った漁師という家業を終業するための後片付けに一人奔走していました。気持ちが一瞬も追いつかないほどの早さで進行した父の病気は、私たち家族に短期間でこれでもかというくらいたくさんの決断を迫ってきました。そのたびに母は、小さな体で大黒柱となって大きな決断を背負ってくれました。だから、母にとってこの1年という時間は、まだゆっくりと悲しむ時間もないままに過ぎた1年だったのでは、と思ったりします。いつか母が「みんなの夢にはしゅうちゃん(父)が来てるけど、私のところにはまだ来ない。」と話していたことがありました。
どこで聞いた言葉かは忘れてしまいましたが、故人が夢に出てくるのは喪の作業が進み、心の整理ができた時という話を聞いたことがあります。
遺された人たちそれぞれに父との思い出があり、それぞれに悲しみに昏れる時間があり、受け止めるまでにかかる時間も異なります。
次は三回忌となりますが、それまでちちのことを思い出したり、出さなかったり、寂しかったり、笑い話のネタにしたり、みんなそれぞれのペースで最後に『感謝』で合流できたらいいなと思うのでした。
そんな私はというと、一周忌法要という明確な時間の区切りを設けてもらえたことで、「これからは、父が大切にした人たちへ感謝する時間を大事にしよう」と一つの喪の作業のステップを踏みだす気持ちになり、とある人をご飯に誘うことにしました。
それは、約20年ほど吉田漁業で働いてくれていた東(あずま)くんです。別の仕事をしていて吉田漁業で働いていなかった期間もありますが、昨年廃業するまでずっとちちを側で支えてくれていました。
ちちは東くんが大好きでした。もう本当に大好きだったと思います。
晩酌をしてお酒が回ってくると「東くんと仕事するのが楽しい」とご満悦そうな顔で話し、仕事場や船の上であった面白い話をよくしてくれました。ちちにとっては息子のような、友達のような、バディのような存在でもあり、本当の家族のように大切にしていました。
なので一周忌法要で住職の話を聞き、私が一番初めに感謝を伝えたいなと思った人のひとりが東くんでした。
私が中学生の時からの付き合いで、褒められた姿ではないですが、寝癖のままの寝起きの姿や、すっぴんでウロウロしてる姿も平気で披露してるような関係。でも今まで一度も一緒にお酒を飲んだことがありませんでした。なのでこの機会に、吉田家6人目の家族、東くんとゆっくりお酒を飲むべく行きつけの焼き鳥屋さんを予約しました。
予約した焼き鳥屋さんは土曜日だったこともあり満席で、とても賑わっていました。
炭火がもくもくと煙り、隣のテーブル同士もほどよく近くいいサイズのお店で、メニューの数は多くなくとも厳選されていてどれも美味。そして大ジョッキよりも大きい特大ジョッキがあるのもお気に入りで北見でお休みがあると行くお店です。
東くんは生ビール中ジョッキ、私は生ビール特大ジョッキ。どう頑張っても私のグラスの方が頭が高くなってしまうアンバランスさは否めないまま乾杯をしました。
お隣の席に座っていたお父さんたちが横目で笑っているなと気づきながらも、キンキンに冷えたビールをグビグビと喉に流します。
「こうやって二人で話すのはじめてだよね」
と、少し照れくさくなりながら話し始めたのもあっという間。「ちち」という話題だけで数時間も経ってしまいました。
何杯目かのビールのおかわりを頼んだ時、東くんは日本酒を注文しました。私はちちと晩酌する時やお寿司屋さんでは日本酒を飲みますが、普段はあまり飲みません。東くんだけに注がれる日本酒を前にしながら「そういえば」と、話しだしました。
「吉田さんが亡くなってすぐ、家にお線香あげに行く時に、好きだったお酒を持って行こうと思って、吉田さんの行きつけだった酒屋に行ったんだ。」
私はそのお店がどこなのかすぐにわかりました。年末になるとその酒屋さんで日本酒を注文して、お正月に一緒に飲むというのが恒例でした。吉田家でお酒を飲むのはちちと私と姉の夫の3人だけ。その3人で飲むには多いよという量を毎年準備してくれて、結局空っぽにする。そこまでがお正月の恒例でした。
「それでお店の人に、吉田さんが好きだった日本酒をください。って聞いたんだ。」
確かに、私も毎年ちちが買ってくれるお酒はいくつか知っていますが、どれがちちの好みかはお店の人に聞くのが一番確実です。
「何の銘柄だった?」と聞くと、
東くんが日本酒を一口飲んでからグラスをおいて「お店の人が、『吉田さんのリクエストはいつも、“娘たちが好きそうなやつ” だったんです。』って。だから一番最後に吉田さんが買ったやつにしたんだ。」
私はこの日、東くんをご飯に誘った理由はただ一つ。ありがとうと伝えるためでした。一度では伝えきれないくらいの感謝があったのに、私はこの日、また東くんにありがとうの借りを作りました。
はじめて知ったちちの話に涙が溢れて止まらなくなる私。
小さな焼き鳥屋さんの一卓を囲んで周りのお客さんたちから「ちなみちゃんを頼んだよ」と頼まれてしまう東くん。
隣のお父さんたちからちゃっかりポテトサラダをプレゼントしてもらう私。
北見市の皆さんの優しさと、私の涙と、焼き鳥の煙りと、その状況に戸惑う東くんとでカオスな焼き鳥屋さん。
ありがとうと一緒にごめんなさいの借りも作ってしまった一周忌。
迎える三回忌までに少しずつ返せるようにと、誓いを立てた一周忌。
酒と泪と焼き鳥とポテトサラダ。
忘れてしまいたくない、どうしようもない優しさに包まれた一周忌になったのでした。
やがて満足した私は家に帰って静かに眠り、東くんがお会計してくれたことに気づくのでした。



